『西の魔女が死んだ』
2008-09-26(Fri)

小学生の頃。土曜の授業を半日で終え家で昼食を済ますと、午後1時ごろからケンちゃんシリーズ(子供向けの30分ドラマ)の再放送が始まる。その時流れたCMソングはこんな歌詞だった。
♪ママの手は魔法の手 何でもできちゃう不思議な手 どうして上手にできるのかな? ママ、ママ ママの手は魔法の手♪
私の母は間違いなくそういう手を持っていた。私はどうもいまひとつパッとしないけど。
ストーリー:中学生になって学校に行かなくなったまい(高橋真悠)は、山あいにある西の魔女(サチ・パーカー)の家で過ごすことになった。“西の魔女”とは母方の祖母。まいの家は代々魔女の家系だったのだ。
まいは西の魔女について魔女修行を始める。それは早寝早起きをし、きちんと家事をこなしたり勉強したりする規則正しい毎日だった。
西の魔女は時間に追われるでもなく、しかし自ら秩序をもって毎日を暮らしている。そこには誰のためとか何のためとか、そんな理屈もなにもない。
もちろんキレイなものややさしいものばかりなわけでなく、キャベツの葉についたナメクジや襲われて息絶えた鶏の死骸、近所の男の無遠慮な態度にまいは驚いたり怒ったりもする。でもこの子は泣かない。
そんな彼女の“大丈夫さ”を見抜き、信頼している魔女の眼力はさすが。それはもともとの洞察力と、長年の人生経験と、ゆったりした時間の中で暮らす環境から生まれてくるものなのかもしれない。
、
魔女の手仕事は多彩。こぎれいに片付け、豊かに生み出し、心地よく保つ。
テーブルにコップを置いたり、扉を閉めたり、摘んだ野いちごをバケツに落としたりする力加減― 大きな音を立てないようにそっと行う。子供の頃母から「バタンと閉めるんじゃありません!」と注意されたことを思い出した。ずっと昔から受け継がれてきた母の教えは、無駄がなく心遣いに溢れていたのだろう。私は娘にそれをきちんと伝えたとはいえない。肝心なことをなおざりにしてきたのかも・・・
それにしても―
死に対する考え方や生き方についての示唆など、どれもが考え抜かれている。魔女のセリフや行動のひとつひとつが理に叶っていて原作者のすごさをひしひしと感じる。
物事の正しい方向をキャッチするアンテナと、何事も自分で決める力
それを娘に身につけさせるための魔女修行、今からでも遅くないかな?
*エンディングに流れるのは手嶌葵の「虹」。最後のシーンからこの曲への移りかたが絶妙だ。
『西の魔女が死んだ』2008年日本 監督:長崎俊一 出演:高橋真悠、サチ・パーカー、りょう、大森南朋、高橋克実、木村祐一ほか

